介護の始まり
元気だったと母親が急に元気がなくなった。
毎週、LINE通話をしてもでなくなった。
会いに行っても喜ばなくなった。
家事をしなくなった。
「死にたい。」と言い出した。
何もする気がなくなった。
両親は子供に迷惑をかけないように二人で原因探しに病院に通った。
結果、薬を大量に処方され、管理できなくなった。
食事も取れなくなった。
入院し、点滴。
お正月にお見舞いに行く。母親は両手を広げて「家に連れて帰って。」と子供みたいに言う。
私は次女。一緒に住んでいない。東京在住。「ごめんね。連れて帰れないよ。」涙、涙…。
入院中に服薬の調整をし、最低限の服薬になった。
自宅に戻るも、食事が取れず、入退院の繰り返しになった。
介護保険サービス利用するようになった。
食事がとれずに父親は、悩む。
長女が介護のために60歳の定年を機に退職し、介護にあたる。
同居の長男も家事を手伝うようになった。そんな長男がヘルニアなり、動けなくなり、手術。
介護の負担が長女にのしかかる。
母親の介護で家族で喧嘩になる。
ケアマネジャーの仕事をしてきた次女は思う。「喧嘩するのは、皆、母の介護に必死だから。」。
母は幸せ者。
しかし、母は言う喧嘩する度に「迷惑かけてごめんね。」「うちはどこに連れていかれてもいい。」と…。余計、気持ちが落ちて食事をしなくなる。
終わりの見えない介護
子育てと違い、介護は終わりがない。
癌でもない、難病もない。
あるのは「高齢」「意欲低下」「物忘れ」
後、1年?3年?5年?10年?
父は、「もうだめだと思ったら終わりだ。」と頑張っていたが、「最近、色んなことが面倒になってきた。」「施設を…。」
介護は在宅だけじゃない
在宅だと介護を誰かが抱え込むことがある。
一旦、現場から離れる。
施設を利用してみる。
施設に入ったからといって、介護は終わりではない。
ただ、夜はゆっくり眠れる。
元気になったら母に優しくなれる。
介護している家族も気持ちの余裕ができる。
「本人が好きだった散歩に連れて行ってあげよう。」「本人が好きだったものをもって行ってあげよう。」と今までそんな気持ちになれなかったことができるようになる。
施設入所しても家には戻れる
施設に入った。もう、自宅に戻れないわけではない。
毎日、会いに行って散歩に連れだすことができる。
毎週末は自宅に帰ることができる。
月に1回2泊3日で自宅に戻ることができる。
施設に毎週、本人が好きな花を届けてもらうこともできる。
本人のことばかりより、自分らしく過ごすことが本人のためになることがある。
介護にイライラしてきたら声にだそう
愚痴を言って、ストレス発散をして、美味しいものを食べて、笑って、自分を大事にしよう。
解決策
相談をしよう。
子供でもケアマネジャーでも地域包括支援センターでも一人で抱え込まない。
本人を「可哀そう」と同情しない。
「こんなんじゃだめだ。」と思わない。自分以外は思い通りにならないと諦める。
自分を大事にし、自分らしく過ごせるようにする。
在宅だけでなく施設も検討する。
施設入所をしても面会に行く。
本人が孤独にならないように手紙を書く。


コメント